けっして消えない絆と愛━「映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ」

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すみっこを好む個性的なキャラクターでおなじみの、サンエックスの大人気シリーズ「すみっコぐらし」の劇場版。すみっコたちはある日、行きつけの喫茶店の地下室で、ふしぎな飛び出す絵本を見つける。眺めているうちにしかけが動き出し、絵本の中に吸い込まれてしまったすみっコたちは、迷子のひよこと出会う。ひよこの仲間を探してあげるために、すみっコたちは絵本の世界で奮闘するが……。

まず、とにかくすみっコたちが可愛い。可愛さだけで100点満点中一億点。ずっと本やグッズで親しんできたすみっコたちが、原作の絵柄まんまでスクリーンを飛び回る。少ない単純な線で描かれたすみっコたちを違和感なくアニメーションとして動かすのは簡単なことではないと思うが、本作はその難関を見事達成。ファンとしてそれだけで既に満足。

また、井ノ原快彦さんと本庄まなみさんによる、やわらかく温かいナレーションも素敵だった。全編ナレーション、セリフなしと聞いて、果たして75分保たせられるのかと内心不安だったが、杞憂だった。子供のころ、親に絵本を読み聞かせしてもらった記憶を思い出した。ナレーション形式で進んでいく物語、そう考えると子供向けに意外とむいているのかもしれない。

すみっコたちが絵本の中で体験するおとぎの世界も楽しい。子供から大人まで誰もが知っている物語でさてすみっコたちがどう動くのか、という点も、キャラクターの性格や設定が作劇にちゃんと反映して作られているので必然性があり観ていて気持ちいい。

ただ、最後に全員が合流するとはいえ、キャラクターがそれぞれ別の物語上をすすむ様子が「そのころ◯◯は……」という具合に平行して描かれるので、そこは若干のテンポの停滞を感じた。だがまあ、それも子供(ファミリー層)をメインターゲットとしたであろうこの映画につけるケチとしてはあまりに野暮というものだろう。実際ちゃんとどのエピソードも魅力的だったし。

さて、めくるめく絵本の世界から脱出する方法を見つけたすみッコたちは、自分たちがひよこの仲間になろうと決めて、ひよこを連れて出て行こうとするが、なぜかひよこだけ抜け出せない。実はひよこは、誰かがむかし絵本のページに描いたらくがきだったのだ。

私はスクリーンに向かいながら、「ああ、きっともうすぐふしぎな奇跡が起こって、無事ひよこが絵本から抜け出す展開になるんだろうな」と思って観ていた。子供をターゲットにした作品には、実際、割とそういう夢のような、現実からの跳躍が多く見られる。

だがその予想は外れた。奇跡は起きない。ひよことはそこでお別れなのだ。思いがけない悲しい展開が待っていたことに私は結構驚いてしまったのだが、よくよく考えると、そこには多分意味(というか意図)があるのではないか。

すみっコたちにとって、絵本の中から出てくることができない、誰かに描かれた存在であるひよこは、この映画を観た子供たちにとってのすみっコたちそのものだ。すみっコぐらしのすみっコたちは、人の手で創られた架空のキャラクターだ。子供たちはきっと、たとえばすみっコぐらしの文房具を学校で使うたびに嬉しい気持ちになったり、悲しい時はすみっコのぬいぐるみに話を聞いてもらったり、夜はぬいぐるみを抱いて眠りについたりと、沢山すみッコたちに愛を注ぎ、同時に助けを得ていることだろう。だけど彼らが架空の存在である以上、直接話すことも、直接触れ合うことも、絶対に、絶対にできない。すみっコたちが、絵本の外にひよこを連れて行けなかったように。そしてターゲット層の子供たちは、ちょうどそのことを少しずつ知っていく年齢でもある。現実はときに悲しい。

だけど、悲観することはない。この世は悲しいことばかりでもないのだ。元の世界に戻ったすみっコたちが、ひよこの絵の周りに、他の生き物や地面や空といった賑やかなイラストを描き足して、ひよこへの愛情を表現し再確認したように、たとえ直接会えなくても、仲間は仲間だし、大切に愛することにはなんの障害もない。子供たちはいずれ大きくなって、心の中に占めるキャラクターの割合は多かれ少なかれ小さくなるけれど、好きだった気持ちは永遠に消えないのだ。そしてキャラクターに愛を注ぐ心を小さいうちに育むことで、大人になったときには、そばにいる誰かを同じように愛することができる。すみっコたちのひよことの別離には、これから大人になっていく子供たちへの、愛を大切にしてね、という、製作陣による温かく切実なメッセージが詰まっているのではないかと思う(私はいい大人だが、そのメッセージのあまりの優しさに思わず真っ暗な劇場でひとり号泣してしまった)。

私が鑑賞した回は、平日の昼間ながらたくさんの子供連れが観に来ていた。楽しそうに笑い声を上げる子、「しろくまだ!」「可愛い!」とリアクションする子、劇場内の暗さに思わず泣き出してしまう子、と反応はさまざまだったが、あの子供たちが成長していくうえで、この映画を観たという体験が少しでも響けば、それはとっても素敵なことだと思う。